理念・沿革

時代を切り拓くリーダーたれ!

人間・大隈重信

1882年に早稲田大学の前身である東京専門学校を創立した大隈重信は、明治維新に貢献した幕末の志士であり、明治の近代日本国家の礎を築いた功労者でもあります。
幼名を八太郎と称した大隈重信は、蘭学寮でオランダ国法などを修めた後、長崎に出て英語学校の「致遠館」の創設に関わり、フルベッキを講師に招いて海外の文物や万国公法の研究に励みました。明治新政府においては長崎在勤ながら徴士参与職、外国事務局判事に取り立てられましたが、大隈が新政府において欠かすことのできない人材であることを知らしめたのは、長崎キリシタン迫害問題に抗議する列強との談判でした。
英国公使パークスは、迫害問題に強い口調で抗議し早急な決着を求めてきました。それに対し大隈は国際法の建前に則って日本の立場を堂々と主張し、一国独立の威厳を誇示して譲りませんでした。この時の大隈の識見と堂々とした態度、交渉力にいたく感激したパークスは、以後さまざまな形で、日本の近代化を推進しようとする大隈を助けたのです。
その後、上京して築地に居を構えた大隈は、居候の伊藤博文、井上馨らとともに新知識派としてならしました。

Okuma School 構想

本研究科は、大隈重信の名前を英名に冠し、The Okuma School of Public Management([大隈記念]大学院公共経営研究科)と称します。これは、「大隈精神」、つまり強靭な意志の力と幅広い識見を以って近代国家を切り拓いていった大隈重信の精神を土台として、教育・研究を推進していくことを意味します。
大隈重信が国家有為の人材を輩出すべく創立した早稲田大学の教旨には「学問の独立を全うし、学問の活用を効し、模範国民を造就するを以て建学の本旨と為す」と謳われています。時勢や権力に左右されない「学問の独立」を堅持しながら「学問の活用」をしていくこと、これは「公共」という普遍的なテーマを扱い、その分野のプロフェッショナルを育てる専門職大学院である本研究科の方向性と合致します。
そして「模範国民の造就」。グローバル化が進展する現代では「世界市民の育成」と言い換えることができますが、世界に雄飛し、人のため、社会のためになる新時代のリーダーを養成する本研究科は、まさにこの精神を受け継ぐものといえます。

教育方針

早稲田大学大学院公共経営研究科は、「公共経営」的視野を持って社会で活躍する高度専門職業人を養成する専門職大学院です。「公共」に対する洞察力を備え、的確な政策判断とマネジメントができるクリエイティブな人材、国際性、人間性豊かで責任感のある社会のリーダーを育成します。

「公平」と「効率」のバランスのとれた政策判断能力を醸成します

「公平性」「効率性」どちらが欠けても有効な「公共性」は生まれません。両者を視野に入れ、どちらに重きを置くかを常に考慮しながら有効な政策を判断していく、現代社会で必要とされる「公共経営」能力を養います。

現実に則した具体的な政策立案・評価を行います

政策判断能力は、具体的な政策に具現化されて初めて意味を持ちます。統計的手法、事例調査、計画策定・政策評価手法、シミュレーション等の方法論的基礎をしっかりと身につけた上で、修士論文として、現実に則した具体的な政策立案・評価を行います。

国際性を重視した教育・研究方法でグローバルな視野を養います

グローバル化が進展する現代においては、国際機関やNPO/NGO のみならず、すべての組織において国際感覚の有無が問われてきます。海外大学院等との交流を通じ、常に世界を意識して行動のできる視野を身につけます。

国内外の行政機関、NPO/NGO、企業、ジャーナリズム等の現場で役立つ教育を展開します

「公共性」は今、あらゆる組織や職種で重要になっています。したがって本研究科修了後には、国や地方の行政機関、国際機関、NPO/NGO はもとより、各種民間企業、政策評価機関やシンクタンク、ジャーナリズム・マスコミ、政治家等幅広い分野で活躍することができます。

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